2016/10/26

みずうみの恋人


「まだ君が見たことのない場所、どこへだって、連れて行ってあげる」と、
恋人はいつもそう言ってくれる。



雪がちいさく舞っていた。

車窓の向こうの紅葉に「秋ですね」と話しながら到着したのは、
もうすっかり冬の支笏湖。
時刻は夕方16時半過ぎ、ハイシーズンではないけれど、湖を静かに眺める人々がちらほら。
ちょうど良い波が立っていて、やわらかい水の音。言葉も不要な世界。
私達もそっと、その空間に混ざる。

海も湖も、目を細めるくらいに元気な太陽のもと、きらめく姿は素晴らしいけれど、
わたしは、それらの”眩しいものたち”が去ってしまって、ほんの少しさみしい、夏のカーテンコールみたいな水面が好きだ。
空気は澄んで、普段なら見落としてしまいそうな言葉の影も、すべて拾えそうな気がする。


私は車のない家庭(なぜか、父が免許の更新をしなかったというだけ)で育ち、
こどもの頃、キャンプや道内旅行をする機会がほとんど無かった。
北の大地に住んでいながらも、観光名所と呼ばれる大半は、見たことのない世界だ。
そんな私に、少しずつ新しい景色を教えてくれる、恋人。
(過去に旅行会社で添乗員を務めていた彼は、要所要所で説明をしてくれて、「なんだか、ツアーバスを貸し切りしているみたいだなあ」と、隣で楽しく話を聞く。)

彼は、ほんとうに優しい。
穏やかな湖みたいな人なのだ。
出会った頃にくれた言葉で、わすれられない一言がある。
―「僕はモノづくりや表現とは縁遠い人間だから、
君が望むカタチでの刺激は与えられないのかもしれない。
だけど、だからこそ、僕にしかできない支え方があると信じていてほしい」。―
そう言って、美しい写真集をいくつも贈ってくれたり、こうして私がまだ知らない場所へと連れ出してくれては、はじめての風景をプレゼントしてくれる。
風のにおいや町々にある光は、そのまま私の一部となり、作品に反映されていくのを日々感じる。
制作が豊かになっていくのを感じてもらうことが、何よりも感謝を表す手段だと思っている。


ひとつの制作が終わると、
「お疲れ様。さあ、切り替え、切り替え。」と、こうして小さな旅に連れて行ってくれる。
次の制作がすぐ控えているときは、仕事帰りにお酒を買ってきてくれて、ふたりでささやかな乾杯をする。
彼はお酒が弱いから、アルコール度数の低い缶チューハイで付き合ってくれるのだけれど、翌朝の出社時は「頭痛い…」と呟いて家を出て行く。(無理せず、お茶でもよいのにな…)



冬の湖は、優しかった。
水際を歩いて遠ざかる恋人の背中と、それは似ていた。
みずうみの恋人。
もっと大きくなってみせるから、ずっと見つめていて。みずうみの恋人。

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